Episode 4
[夢を追うこと]
ここでは本当に心から思っていること、感じていることを書きます
私はずっと叶えたかった夢を追うことにした。
映像作家
気分転換に部屋を掃除した際、高校の卒業文集が出てきた。文章力ないし読み直すのは私の羞恥が込み上がるだけだし10年後に読もう、、
と思ってたけど、なぜかその時読みたくなった。
「私はCMプランナーになりたい」
いや違う。これは言い回しで、
映像作家になりたかった。
「映像、作りたいんですよね、ハハ」
「え〜何言ってんの?今から行く大学じゃ無理だし、そんな簡単なモノじゃないわ」
そう担任に言われた日の夜、”映像作家”を”CMプランナー”に変えた。鮮明に覚えてる。
続きの文には
「映像を通じて視聴者へ伝えたい思いを発信し、少しでも社会に貢献できるようになりたい」
この文を読んで驚いた。
あ、私の夢これだったんだ、って
学生時期の中で大学という一番大きい社会に出て、
大人の人と繋がる機会が増え、様々な国々の人と出会い、自分の色がなくなっていた。
自分を見失い始めたことに気づいた1年生の後期は本当に苦しんだ。
そんで大学2年の時、
夢を追う決意をしたんだっけ、確か...
カナダへ留学して語学だけじゃなくて、
世界の文化に触れて、感じて、少しでも新しい発想を持てるようにしたい。
って、留学志望書に書いたんだよね
あと、カナダから帰ってきたら
韓国にある国民大学(국민대)へ編入して
映像デザインを学びたい!
とも言ってた
でも、忘れてた。ぜーんぶ。
そんな軽い気持ちだったのか?
って思う人もいるかもしれないが、カナダ留学は語学面はもちろん
生活面が本当に過酷だった。
毎日のストレスで体重は5kg増減を繰り返し、
女の子の日も周期が安定しない上に、何錠薬を飲んだかわからない。
挙げ句の果てには脳もやられて二度の緊急搬送
将来なんて考える暇もなかった
イマが大変だった
言い訳に聞こえるけど、言い訳させて欲しいほど辛かった。
でも、知識は思っていた以上に増えた
人間関係を構築する方法も回数を重ねるごとにわかった
一人で生きる困難を知れたし、親のありがたみを誰よりも感じる事ができた。
で、帰国してコロナが始まって
海外に行くどころじゃなくなって
大学の授業を受けるだけで、就活なんてしたくなかったけど
一年越しに親と住むのが重荷に感じて、仕事を探した。(現在進行形?)
自己分析・企業分析して、説明会受けてES提出して、、
特に辛くはなかった
忙しいなーさっさと終わらせよーって感じ
落ちる事が当たり前だし、ショックとかも感じなかった
なんでだ?本気じゃないから?
職種あってない?あれ、業界もミスってる?
もう一回自己分析しよう___
「ん?映像作家の夢、どこ行った?」
これが振り出しに戻る
夢って叶えられないんすか、?
中学生の頃からカメラを持ってたのに、?
高校の時は毎日絵コンテ書いて、撮影して、あんなに真剣に夢を叶えようとしてたのに?
どうしちゃったんだ私
少し、いやだいぶ、自分を見失ってるじゃん
「なんで映像そんなに好きなのに諦めちゃうの?上手なんだからやっていけばいいのに〜」
そう笑顔で高校の副担に言われた言葉
ずーっと心に残ってる
やってもいいかな、
親に何か言われないかな、
は?いや、なんで誰かの意見気にしてんの?
だから正規ルートで生きてきたんだろ自分。
今からがしんどいんじゃねーの?
っていう考えがここ最近ずっと繰り返されている。
母に言ったら、理解してるフリして全く理解してない様子だった
「女はOLなって、稼いだ金で遊んで、結婚したら勝ち」
そう常に言葉にしている人だからこそ、私と全く反対の人だからこそ、
驚くほど理解してくれてない。
そりゃそうだ、
私は今、普通の人と全く外れたことを言っているからな、、
確かに、女の人はそれが正直一番幸せだろう
自分のお金を使って遊べるのも社会人のうちで、
家庭を持つと遊べなくなる。
でも夫ができることで働かなくてもいいし、
子供を育てて、ママ友とお茶でもして
絶対楽しいし、平穏な生活が待っているだろう。
とても良い人生だし、なんならめっちゃ素敵だと思う
でもフェミニズムな私には合わないんだよ
「女だからって馬鹿にされたくない、結婚なんて人生の通過点、夢を追う女性も称賛してほしい」
その考えからか、
”やる気あります、だから雇ってください“っていう同世代の就活生に出会って、そんなの当たり前の世界なんだよ...って呟きそうになる。
本気でやりたいことを考えろよ、夢をもてよ。
ESの志望理由なんてみんな同じこと書くんだから、企業も問うんじゃねえよ。
みんな社会人として成長したいから勤めたいんだよ、とか。
心の中でそう思いながら就活をやっている自分に気づいた。
すごく生意気だけど、上から目線だけど、
どうしてもこの考えから外れる事ができない。
普通に生きることを拒んでいる自分がめんどくさい。
でも、これが私なんだ
「就活うまくいってないから、その道に逃げるんでしょ」
「あんたが企業を馬鹿にしてるから表情でバレるのよ」
「本当は泣きたいぐらい就活嫌なのね」
全く思ってもいないことで「私」を形成していく親。
「就活してたら自分を見直せた」
「企業分析したからこそ、私はクリエイター枠に入りたくなった」
「本当は泣きたいぐらい芸大にいきたい」
ああ、私、親にはこの話を一生しないでおこう
それが一番傷つかなくてすむ、と思った。
本音を突かれて傷ついた、ではない
的外れな言葉で傷ついた、だ。
こうやって、一番理解してくれると思っていた人が離れていく。もう理解してもらおうとも思わない
高校の頃から何度も傷ついてきたよ、私がセンシティブってこともあるけどさ。
でももうその次元じゃなくなった
悲しいことに「絶望」という言葉が生まれた。
笑えるよね、何もひどい事されたわけじゃないのに、弱すぎるよな私
でも多分、全てを支えて欲しかったんだと思う。わがままだけど
留学費を抑える為にあれほど色々考えて、カナダでの娯楽は自分の貯金から崩すよう沢山働いて、自分なりに親を考慮した上での留学。と思ってたけど
「あんたの金でいけたわけちゃうねんで?結局、親やねんで?」
その言葉を言われないように努力したのに、水の泡だった。
そんなことわかってる
だから極力頑張ったんじゃん。
まだ私は学生で留学行ける費用なんてない
でも「そこまで考えてくれたのね」「学生のうちは親に頼りな」その一言があったから頑張れた。
でも帰国してその言葉は聞きたくなかった。
私はもうこの家を頼らない、そう決意した
最悪で頑固な娘だよホント
もう一生、借りを作らない
もう一生、夢を諦めない
努力なんて得意だ、あとは勇気だけ。
自分を信じて歩むだけ、、
って、急に熱く考え始めたから書き込んどいた。
最近「あやうく、一生懸命生きるとこだった」という書籍を読んでて
さらに背中押されてまっす
ひひ〜ん、忙しくなりそ〜う
0コメント